BLOG

誕生前夜 6

  1. 私小説
2026/10/02

ナンシーに相談して、隣の部屋をベビールームに改築してもらった。産まれるまでに出来ることはやっておこうと考えたが、大したことは思いつかなかった。ナンシーもテフテフもロボコンも、あとは私達がやりますからと準備をしているようだが、マーバロンは落ち着かなかった。明日は卵が産まれる・・・ハッキリ言って、どうしていいのか全くわからない。ナンシーには、とにかくフラワーのそばにいてあげてと言われている。いつもはフラワーが添い寝して、頭や背中を撫ぜてくれているが、近頃はフラワーに添い寝をして、そっと肩やお腹を撫ぜている。と言うかそれしか出来ない。フラワーが目を覚ます。いつものように「大丈夫?」と聞く。フラワーは微笑んで「ダーリン、私は病気じゃ無いのよ、ママになるのよ」額にそっとキスをした「何か食べる?持ってくるよ。」「ううん、大丈夫。歩いて行けるわ」フラワーはベッドを降りて立ち上がり、歩き出した。最近フラワーは変わった。何がと言われれば些細な事だが、落ち着き、穏やかになった。この星で産まれてくる事になって良かった。自分に出来ることなどは環境面を整える事くらいだ。元はと言えば、この小さな星は山師の師匠サイゾウが買った星に、大気を作り、海を作るという大袈裟な事をやってのけた。だがろくに楽しみもしないうちに死んでしまった。悲しみのうちに、全てを引き継がなければならなかった。いや、もの心がついた時から全てを引き継いでいた。サイゾウは父では無い。サイゾウが言うには、「お前は奴隷商人から買ったとだけ言った。」毎日が旅で、物心がついた頃には、鉱物を探すことが生きる事だった。星を渡り歩き、あらゆる鉱物を掘り当てた。掘り出した鉱物を手に、売買の交渉を進めサイゾウは金銭を得ていた。この星にサイゾウを埋めてからも、1人で宇宙を彷徨いながら鉱物を探した。ある星の酒場でとびきりの女を見つけた。頭の先からつま先まで舐めるような男たちの視線も無視してカウンターに佇んでいた。マーバロンもカウンターに近付いて酒を注文した。女が「あんた匂いがするね。」と言った。土臭いかと思い、服の袖口を嗅いでみたがわからなかった。「すまないな、嫌な思いをさせて」「そうじゃ無いよ。逆だよ、いい匂いがするんだよ。」「そうかい?そんな事言われたのは初めてだ」「ねぇ、あんたあっちでサシで飲まないかい?」「アンタみたいないい女が俺を誘うなんて、普通はあり得ない。飲むのはいいけど、裏がありそうだな。まぁ、話は聞くよ」2人はテーブル席に移った。「アンタ名前は?」「マーバロン」「アンタの名前は?」「ゲロオガ」およそ、その美しい顔に似合わない名前だった。「ゲロオガさんは女1人で酔客も多いこの店で、何をやってる?」「ただ、待ってるだけよ」「誰を」「・・・満たされるものを」「見つからないのかい、それが」「いや、見つかったのよ」「じゃあどうして、俺といる?」「待ってた者は、アンタだから。」「俺をどうする気だ」「・・・食べる」「それで良い匂いがするって言ったのか。だけど俺もハイそうですかとくれてやるわけにはいかない。交渉しないか。」「交渉?」「ああ、俺がいい匂いがするのは何故だかわかるか?」「わからない」「俺は俺を育てているんだ。俺は美味いものを食ってるから、いい匂いがするんだよ。ゲロオガさんは脂が乗っていると言う言葉を知ってるかい?旨みの一つに脂がある。脂が乗ってれば乗ってるほど美味いんだ。だからもう少し待ってみないか、俺にたらふく美味いものを食べさせて、太らせてから食べるんだ。それからもう一つ、肉の話だ。」「私は肉が好きなの」「そうだろ、肉は美味い。だがその肉の中で一番美味いのはどういう肉が知ってるか?それは親肉だ。」「親肉?」「肉には親肉と雛肉がある。雛肉は柔らかくてジューシーだが旨味が足りない。説明すると長くなるので端折るが要はグルタミン酸という旨味が足りないのだ。そこへいくと親肉はこのグルタミン酸がたっぷり含まれていると言う訳さ。少し硬くて歯応えがあるが噛めば噛むほど旨味が溢れ出してくると言う訳さ。さてここからが交渉だ、俺を食べるのを少し待ってくれないか、もちろん必ず食べていい、ただし、あと30年くらい待ってほしい。それにゲロオガさんは強いんだろ。こんな荒くれどもに囲まれても全く動じて無い。つまりアンタは途轍もなく強い。だから、その代わり俺の用心棒ともう一つ・・・結婚してくれ」「30年待ったら食べていいの?」「ああ、食べていいよ」「じゃあ、用心棒と結婚もしてあげる、だけどアンタは結婚って言うけど、私にしてみればアンタは家畜ね!」もっともだった。

そんな事を久しぶりに思い出していた。そこへテフテフがやってきた。「フラワーがbirthing.room(分娩室)に入るって言って来たんです。」「自分から?」「ハイ、そうです」マーバロンは駆け出した。birthing roomといっても自室のとなりを改築してもらっただけの部屋で特別な設備は何も無い、産まれたらそのままベビールームになる部屋だ。フラワーはベッドに角度をつけ、持たれるような姿勢でゆったりしていた。「どうしたのよダーリン、そんな血相変えて。まだ産まれやしないわよ。」「いや、birthing roomに自分から入ったって聞いて、何か前兆があったのかと思って。」「大丈夫。・・・ありがとうダーリン、考えてみたら、ここは凄いわね。だって海を見ながら出産出来るなんて考えた事も無かった。それに何もかもが自然に見えるけど、全自動の人工星でしょ。時々雨も降るじゃない、スコールって言うの?!この星の植物に自然な雨を人工的に与えるなんて、もう本当に、ダーリンの事、食べなくて良かった!」

少し前にそんな話をしていたフラワーはいよいよ出産の体制に入った。マーバロンは締め出され、ナンシー、テフテフ、ロボコンがサポートしている。時々「うーっ」とか「あーっ」と言う声が聞こえる度に居た堪れなくなる。部屋を出てビーチまで歩いた。夕方になり本物では無い満月の月が海の向こうから登って来た。やはり何の役にも立たない男達が、雁首揃えてゾロゾロと歩いて来た。「キャプテン、大丈夫?きっと良い子が産まれるアルヨ」「俺もそう思うガフ、それにまだこれからガフヨ。卵で産まれてからしばらくは温めるガフヨ。」「しかし、キャプテン、卵っていつまで温めんの」「そんな事、俺にわかる訳ないだろjj。」シューリッツが「やっぱり男って、こうゆう時何の役にも立たないよな」デルキャンプが「全くだ」と言うと一様にやれやれといった面持ちになる。その時、丘の上からテフテフが産まれましたよ。と声をかけてきた。全員がダッシュで駆けたが、30mも走ると皆、ヨレヨレになり、またヤレヤレと言う有り様だ。息を切らして部屋の扉を開けると、ナンシーが「皆さん、先ず手を洗ってください!」と一括される。全員で回れ右して洗面所でよく手を洗い戻った。

立派だった。ダチョウの卵よりもう一回りほども大きい卵だが、何故かピンクだった。マーバロンは唸った「うぅーむ。」やはり卵では実感が無い。以前、何かの映像で見たような、おくるみに包まれた赤ちゃんを「ハイ、お父さんどうぞ」って渡されてアタフタするのがお父さんのイメージだ。それに、卵は落としそうで怖い、しかし、その卵はベッドの真ん中にバスタオルを円形にして作った土台の上に鎮座していた。フラワーが「ダーリン、その卵に声をかけて撫ぜてやって」と言うので「ハーイパパでちゅよ。卵ちゃんはピンクで可愛いね、産まれてくれてありがとう」と言って卵を撫ぜた。すると卵が少し震えた。フラワーが「ダーリンが撫ぜてくれたから、くすぐったがってるのよ。」「それがホントなら可愛いなぁ。」「ねえダーリン、もう直ぐ卵から子供が孵ってくるのよ、名前はどうするの?」「そうだな、急いで考えないとなぁ」

フラワーは回復カプセルに入った。入る前には、また違った種類のリカバリードリンクを飲んでハッチを閉めた。一言、「名前を頼んだわよ」とだけ。その日は室内だけでは無く、プールサイドやビーチ、近くの森など、ありとあらゆる所をうろつきながら名前を考えた。名前の候補は3つに絞られた。「あとはフラワーに決めてもらおう!」日がな一日そうしていたが、候補が決まると、今度はやはり大丈夫だろうか?と言う不安が頭をもたげる。他種族との異種交流が悪いことでは無い。むしろ理想としている姿形の相手が目の前におわすのであれば、異種だろうが他種であろうが、決めなければならない。しかし、子供が出来る事まで想定していなかった。出来たのが悪い訳では無く、ただただ想定していなかったのである。そんな事を考えながらブツブツ言っているといつのまにか、ベビールームの前に着いた。そっと扉を開けて様子を見る。誰もいない部屋のベッドの上にピンクの卵がある。そばに寄って卵を撫ぜる。「お父さんは悩ましいよ・・・」”ハッとした”。マーバロンは自分のことをお父さんと言った事に。それからベッドに横たわり、卵を包むように膝を曲げて目をつぶった。眠りに落ちていたようだが、声が聞こえる。「お父さん、手伝って」と目を開けると卵にひびが入り、コツコツと音がする。飛び起きたマーバロンは「産まれるのか?」周りを見渡した。監視カメラに手を振って、卵を指差す。ロボコンが見張っているだろうから通じるだろう。卵の上に小さな穴が開いた。「しっかりしろ、今、出してやるからな。開いた穴に指を突っ込み殻を破るが、なかなか硬い。それでも上に硬貨くらいの穴が開いた時、卵の中から大きな目が覗いていた。その目に向かって、「こんにちは」と挨拶をした。その目は何だか恥ずかしそうに、くるりと横を向いた。「待ってろよ、今出してやるから。」ヒビに沿って卵の殻を割って行くと金髪が見えた。顔は見えないが落ち着きなく動いている。上半分が無くなった時、その金髪は突然ピョンと跳ねマーバロンの顔にくっついた。「モガッ・・・ダメだよ、そんなくっ付いたら。」そこへフラワーを先頭にドヤドヤと全員が押し寄せて来た。マーバロンの顔にくっ付いた物体を見て、皆んないっせいに「えーっ!」がしかし、マーバロンには何も見えない、フガフガ行っているだけで。フラワーが「さぁ、ママの所においでと手を伸ばした。振り返ったその顔を見て、更に全員が「えーっ」しばらく間をおいて、皆、口々に「可愛いなぁ」「こんな可愛い子見た事ない」「金髪にブルーの瞳って・・・」フラワーが抱き上げた事でようやくその姿をマーバロンも見た。絵に描いたように理想的に美しく、可愛い子供がそこにいた。マーバロンは顔を近づけて「パパだよ」と言うと、その子は生まれたばかりだと言うのに顔を撫ぜてくれた。マーバロンは溶けてしまいそうだった。