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元禄 山野流浪紀 その十八 再会

  1. 私小説
2026/08/30

「ごめん、沢渡村の薬草採取の秀吾ですが、女将さんはご在宅か。お目通りをお願いします。」 「そんな硬いご挨拶を秀吾さん。今、女将さんをお呼びしますよ。」 「すまんな、番頭さん」 「いやいや、それより秀吾さん、晋助さんはもうお戻りですよ。一昨日お戻りになりました。」 「そうか、戻っておるか。」その声に「晋助様はもう、こちらにいらっしゃるのですか」と喜助の黄色い声が弾けた。奥へ通され、間もなく「秀吾さん、お帰りやす。京はいかがでした。」 「それは活気があり、何処もかしこも賑わっておった。」 「そうやろね、あたしも里帰りしたいわ。」ところで、秀吾さん、こちらの若い殿方は・・・」 「初めまして、私は京の薬種問屋、桔梗屋の奉公人の喜助と申します。このたびは秀吾様に同行してこちらへ参り、晋助様にお知らせしなければならないことが御座いまして、お供いたしました。それと我が主人、桔梗屋の格之助より、橘屋の女将さんにご挨拶の文を託されました。これを」喜助は懐の文を取り出し、お詩乃に差し出した。「これを桔梗屋さんが私に・・・」お詩乃は文を一読して、「まぁ、・・・」と言ったが、なおも視線を走らせた。今回の旅に助力していただいたお礼や、普段から贔屓にして薬を買い取っっていただいている事などを格別のお礼と共に述べられている。金子の返済についても早急に対応しますと記されている。「いややわ、そんなんええのに。」と一人呟いた。「お詩乃さん、桔梗屋の主人は何と言うておるのだ。」と秀吾は聞いてみた。「手厚いお礼と、金子の返済も致します言う事ですわ」 「ふむ、それは御店の問題では無いな、わしらと橘屋さんの問題だからのう。まあそれも晋助と共に話し合おう」 「そうやね、それより喜助さん、わざわざ遠いところまで手紙を届けていただいて、本当にありがとう。喜助さんはおいくつですの。」 「はい、今年は元服の年になりますので十四です。」 「そうですか、ええ男ぶりやね。若い娘がほっとかへんやろね。」喜助は顔を真っ赤にして「いいえ、その様な事は・・・」と言ったきり下を向いた。秀吾が「女将、揶揄うではない。喜助はまだうぶなのだ、この旅も、今まで京より外に出た事が無いのだ。ああ、それからこれは」と言って脇の行李を掻き回して秀吾は、土産だと言って紙に包まれた物をいくつか、お詩乃に差し出した。「黒七味とすぐき皆で、この二つは女将に」と言った。「広げていい?」「もちろんだ」柔らかい紙に包まれたそれを広げると、鮮やかな赤に金の鳳凰が描かれ、その尾の部分にはひらひらと輝く飾りのついた平かんざしだった。「まあ、綺麗。こっちも開けていい」それはいい香りがした。「まさか、香の文具。しおりと文香、それに包み香まで、秀吾さんって意外に美意識高いのね」「喜んでもらえたなら良かった。わしとしては女将は京の生まれと聞いておったから、少しでも懐かしんでもらえたなら法外の喜びと思うておった。」 「見直したわ秀吾さん。本当にありがとう」 「うむ」 「あの、話に割り込んで申し訳ございませんが、女将さんには旦那様より、やはり京の土産をお持ちしました。」と言って行李の上半分を差し出した。「私共の御店では扱っておりませんが、薬種屋仲間の山田松香木の香木並びに季節の扇子一式、他、菓子類などもお持ちしました。お納めください。」その豪華な土産に秀吾は鼻白むと、憮然とした表情で「なんだ、お前のその大きな行李は土産だったのか。桔梗屋のお主人も過ぎるのう」行李の中身を空けたお詩乃は大喜び「こんな高価なお土産を・・・喜助さん重かったでしょう。おおきに」秀吾はそっぽを向いて「晋助が待っておる、帰るぞ喜助」喜助はこれは間が悪かったと思った。内心(秀吾様があまり考えすぎるなっていうからじゃないですかぁ)とも思ったが、立ち上がった秀吾について行った。お詩乃は「秀吾さん、、今度は晋助さんと一緒に今後の事を話し合おうと思いますから、ご一緒に来とくれやす。」と言われ、秀吾は「分かった」とだけ告げた。

秀吾は歩きながら「もうここまで来れば着いたようなもんじゃ」と言った。喜助はその言葉に一抹の不安を感じた。だが秀吾の言う通り、晋助に会ってみなければ分からない。なんと言っていいのかも分からない。それは自分の考えの外にあり、想像とは全く違うものかも知れない。自然体だ、何度も言い聞かせた。林をくぐると、前に十畳ほどの広さの庭とも言えぬ広場の後ろに掘っ立て小屋があった。「あそこが庵だ」と秀吾は言った。晋助がこんな貧しい暮らしをしている事に喜助は驚きを禁じ得なかったが、同時に心臓が早鐘のように打っている。秀吾が扉を開け、奥に向かって「帰ったぞ」と言ったが返答は無かった。足元には黒彦がじゃれついた。「普段は静かなお前が擦り寄ってくるなど、よほど寂しかったと見える」秀吾と喜助は荷を下ろし、前庭を横切って林の向こうへ歩いた。こちらに背を向け、しゃがんだ男の背中が見えた。桶の水を手ですくい、岩に生えている草にかけている。その背に秀吾は「晋助、帰ったぞ」振り返った。刹那、何か分からないような複雑な表情をして、「喜助か・・・」 「晋助様」二人とも立ち尽くしていたが、晋助が桶を落としたと同時に喜助が走り出した、ぶつかる寸でのところで止まって、ただどうしていいかもわからず手を前に出した。喜助も一歩前に出た。喜助の袖を引き寄せ抱きしめた。堰を切ったように喜助は大声で泣き始めた。何かを言おうにも声にならなかった。晋助も涙を流していたが、その喜助の背をトントンと叩いた。気付くと秀吾も涙が溢れていた。どれくらいそうしていただろう。喜助が「晋助様、晋助様、すみません、すみません」と連呼して詫びていた。晋助は涙を拭って「少し待て」と言い、両手を前に出し、その手を呼吸に合わせて引き戻した。それを二、三度繰り返すと「喜助も落ち着け」と言った。ところがその喜助も晋助と同じ動作で気息を整えた。「喜助も柔術を・・」 「はい、旦那様にわがままを言って通っています。」互いに何から話せばいいのか分からなかった。秀吾が「まあ、これからいくらでも時間はある、飯でも食いながら落ち着いて話そうではないか。」と言ってくれたことでその場は緩んだ。「晋助、水やりは済んだのか。ならば戻ろう、何は無くとも飯だ。」 「秀吾、そろそろ帰ってくる頃だろうと思って、兎を仕留めておいた。」 「口は三つに増えたぞ、大丈夫か。」 「心配するな、今日は大猟だったから、秀吾も満足させられるはずだ」 「わしより喜助だ。礫で兎を獲っていると言っても、半信半疑のようだ」晋助は「よし、喜助。。近いうちに兎を獲りに行こう、それまでにお前も礫を放つ訓練をしておけ。ここでは得物が取れないと自慢話を散々聞かされる」秀吾も「それから講釈もうんざりするほど長い」晋助が「まあ、俺の方がたくさん取っている。」と言えば、秀吾も「俺の方が大きい兎を獲っている」負けじと「大きいものは的が大きいから当たるのだ」 「何を言う、肉は一匹だ倍だ」とやり返し延々と口論を繰り広げている。喜助はなんだかうれしくなった。晋助様と秀吾様は口は悪いが、良き友なのだと。そんな話を聞いているうちに、すっかり涙は乾いてしまった。

庵での夕餉が始まった。秀吾が言っていたように、晋助の料理は確かに美味かった。兎汁は自慢の逸品だけあって、驚くほどだった。「晋助様、本当に美味しいです。しかし、いつどこでこのような料理を覚えられたのですか、私が知る限り台所に立ったことなど見た事がありませんが」「正直に言えば、ここに来てからだ。わしも料理など出来なんだが、わしを助けてくれたマタギの源蔵の料理は素晴らしかった。その源蔵の口癖は、ひと手間かけると美味くなるだった。どうせ食うなら美味い方がいいであろう。だから源蔵に学んだ。」 「その源蔵さんはどこにいらっしゃるのですか。」 「死んだ。熊の返り討ちにあってな」 「そうですか、残念です。私も料理を学びたかった。」秀吾が「晋助に学べばよいではないか、お前もしばらく厄介になるのであろう」 「晋助様、良いのですか料理を学んでも」 「それは構わんが、秀吾の口車に乗って料理を学ぶのは、秀吾が料理を喜助に押し付けたいだけだ。」 「何を言う、学びたいと喜助が申しておるのだ、それが喜助のためだし、腕も上がるであろう」 「お前は喜助のためなどと・・・」 「良いのです、晋助様。たとえ秀吾様がさぼろうとして、私に料理を押し付けても、お二人のお役に立てるなら。」 「喜助、お前までわしがさぼるなどと・・」 「お許しください秀吾様、代わりにここにおる間は料理は私が行います。」 「よう言うた。お前に任せたぞ。」秀吾はニヤッと笑った「秀吾は全く・・・今日からお前はさぼりの秀吾だ」 「はっはっはっ」と笑って秀吾はお茶を濁した。