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山頂ではなく独標を目指していたあの頃

  1. 春夏秋冬
2026/06/22

パラつく雨がフロントガラスを叩いている。空は濃淡のある雨雲が広がり、あまり気分の上がらないまま、車を東に走らせている。「まぁ、今日は移動日だし」と心とは裏腹にうぞぶいてみる。敦賀から北陸自動車道を通り、中部縦貫道へ乗り換える頃には薄日が差してきた。九頭竜川の脇を遡行して、ダム湖を右に眺めながら、さらに遡って行く。再び中部縦貫道の白鳥ICから高速へ復帰して、飛騨高地を北東へ。飛騨清美でトールゲートをくぐり高山市へ、3桁国道を2本乗り継いで、今夜の宿、新穂高温泉に着いた。その頃には、所々の雲間から光の束が下りてきて、明日の好天を予感させる。本館には地下90mから汲み上げた60℃のかけ流しの露天風呂がある。4つのコテージからなる、1棟を借り受けて、部屋の鍵を開ける。広くはないが清潔な部屋には、やはりかけ流しの風呂が外のウッドデッキに設えてある。

目の前には蒲田川の支流と思われる川が流れ、その向こうには巨大な一枚岩の壁と立派な自然林の森が滴るようにみずみずしく生い茂っている。その川は流れ下り他の川と合流して高原川になり、神通川と合流して富山湾へと注ぐ。

食事の時間になり食堂へ。宿泊客は、どのメニューを選択しても同じ値段だと言うので、一番高い飛騨牛の霜降りステーキを選択した。

しかし、もう若くない私には、ひと切れの肉は感動的に美味かっただけで、二切れ目以降は、中々の圧だった。露天風呂の温泉も楽しんだが、何となく10時くらいには床に就いた。が朝まであまり眠れなかった。まあ、それは仕方がない事。朝食を食べて出発した。ガスがかかっているが、概ね晴れていて、いい天気だ。朝一番のロープウェイ乗り場の最後尾に並ぶが、前には50人前後の人達が連なっている。ほとんどが登山者の様で、今か今かと開門を待ち構えている。二階建てのロープウェイの上下それぞれ好きな方に乗り込み、ベルの音と共に出発したが、ほんの20mほど進むとロープウェイはガクンと大きく揺れて止まってしまった。大揺れした箱内は、オオとかアアという声が上がり吊革につかまっていなかった人は前に後ろに揺られて、ひっくり返りそうになっていた。揺れは収まったが、問題が発生しているとの事で、ロープウェイは引き戻され、我々は皆、下車を促され、点検が行われると係員から言われた。45分後、ようやく問題なしという事で、動き出した箱は、あっという間に頂上駅に着いた。血気盛んな登山者は我先にと、頂に向けて、すっ飛んで行った。私はゆっくりと靴紐を結び、トイレに立ち、ストックを伸ばした。建屋を出ると、ひんやりとした2100mの空気が頬に心地よかった。西穂の頂上駅に来るのは30年ぶりだろうか。まだ登山のとの字も知らない若造の頃、職場の上司とぶつかり、勤め先を辞めてしまった。その時の気分だけで、傷心旅行に出かけようと思い、あてもなくふらふらとここに来た。9月の初めか中ごろで、下ののロープウェイ乗り場は30度以上の暑さで、何も考えず切符を手にして、その箱に乗り込んだ。二つを乗り継いで、そこに降り立った時、外は震え上がるほどの寒さだったことが今も印象に残っている。歩き始めたが30年前の面影などどこにも無かった。振り返ると雪をかぶった笠ヶ岳が見える。あの時も見えていたのかな?ただあの時も晴れていたことは間違いないので、見えていたのだろう。整備されたビースポットからは丸山や独標、ピラミッドピークを含めた、西穂高稜線がよく見えている。樹林の中を歩いて行くと、樹々の間から白山が臨める。

雲の上にその美しき孤高の独立峰が翼を広げているようだ。高度が上がるにつれ、右手に焼岳が見えてきた。頂上のゴツゴツとした岩塊感が荒々しい。西穂山荘を過ぎると後ろには焼岳と笠ヶ岳。

 

右に岳沢の稜線だろうか?左には遠く弓折岳や双六岳と思われる山々が見える。丸山を過ぎて間も無く、樹木は無くなって、岩とゴロゴロした石の登山路へと変わった。2500mを越えた辺りから空気が変わってきたように思う。さっきまでとは違って少し息苦しく、希薄に感じる。去年の唐松岳もそうだったが、2500mは自分にとっては空気の希薄さを感じるラインなのかもしれない。ガレた丘を回り込むと独標直下の岩場に対する。後はここを登り切れば独標だ。白いスプレーの道標が〇や✖、↑ で記してある。整備の行き届いた山には安心感があり、感謝しかない。鎖もあり、よじ登るようにして独標に立った。独標とは(独立標高点がある目印となるピーク、頂や岩峰自体を独標と呼ぶ)そうゆうものらしい。30年前、ここを彷徨った頃、人生が上手く行くよりも、独り立ちしたかった。シンボルとなる形を作ることに焦っていた。何を焦っていたのだろう。独標からはピラミッドピークが目の前に聳え、その他のピークやその向こうには西穂頂上、奥には奥穂やジャンダルムがあるのだろうが、ここからでは見分けがつかない。

 

岳沢の稜線はよく見えているので、その一番高い、あれが前穂だろうと思われる。関西は先週梅雨入りしたので当日の天気に気をもんでいたが、この日の空は忘れられない位ほどの素晴らしい晴天に恵まれた。山の神様に改めて感謝したい。さあ、気を付けて下山だ。